少し雲の出ている昼下がり。
村外れに続く道を、キャロンは男に付き添われるような格好で歩いていた。

傍から見れば、親子か何かだと思われたかもしれない。
しかし隣を歩く太った中年男は、キャロンとは何の縁もゆかりもない村人だ。
ついさっき遭遇し、何も言わずに襲い掛かってきたというだけの知り合い。

わざわざ確認しなくても分かる。
ラモー・ルーによる魔力洗脳から解放される機会を得ず、今も残る魔力によって
心を侵されている「はぐれ村人」だった。

ラモーが滅んでかなり日が経つ昨今では、彼らの内に残る魔力も弱まっている。
事実、日頃は普通に暮らしている者も少なくない。

しかし彼らは独りでいる時、キャロンの姿を目にした瞬間に豹変する。
心の奥深くに刷り込まれた、「王女を犯せ」という魔王からの穢れた天啓。
その逆らい難い声に突き動かされ、キャロンの体を求めて襲い掛かってくる。

とはいえ、ラモー亡き今、彼らの力は常人のそれとさほど変わらない。
剣さえ持っていれば、逃れる事も返り討ちにする事もできる。

しかし彼らを治める立場にあるキャロンに、その手段は選べなかった。
彼らの心に澱のように残っている魔力を消し去るためには、刻まれた黒い欲望を
彼らの望む方法で遂げさせるしかない。つまり、この自分とSEXをする事で。
もう、何人ものはぐれ村人が、今日までにキャロンを抱いて浄化されていた。
その経験から、キャロンも相手の身に残る魔力の影響を量れるまでになっている。

それは伝説の剣士、そしてラルの王女としての、キャロンの務めだった。

今回の相手も、かなり理性を取り戻している様子だった。
襲い掛かっては来たものの、その挙動にはさほどの凶暴性は感じられない。
少し逃げてひと気のない場所に誘導し、抵抗しないという意思表示をしたところ、
暴力を振るうような様子はすぐになくなった。

この後は、いつもだいたい同じだ。
ひと気がない事を確認したり、こちらの服を破らずに脱がせたりと、彼らは
SEXに至るまでにそこそこ理性的な行動ができる。
ある程度は相手に任せても、自分に危険が及ぶような事もほとんどない。
最近では、少し物足りないと思ってしまう事さえあるほどに。
この男も、そのはずだった。しかし今回は、少し勝手が違っていた。
その場に押し倒したりせず、男はキャロンの傍らに立ち、どこかへ行くよう促す。
明らかに、何かの目的があるようだった。
訝しく思いながらもキャロンはそれに従い、ここまで一緒に歩いて来ていた。


背中に掌を当てられてはいるが、別に刃物を突きつけられているわけではない。
不意を突いて横方向に跳べば、容易く振り切れるような体勢でしかない。
かなりの肥満体であることを考えれば、追われても逃げ切る自信もある。
しかし、ここでこの男を振り切るという選択は、キャロンにはできなかった。
魔力洗脳が解けていない以上、ここで撒いてもまたどこかで追われる事になる。
あるいはその間、いつ誰がどんな被害を被るかも分からない。
自分が抱かれない限りは、根本的な解決にはならないのは分かっていた。

と、その時。背中に当てられていた男の手が動き、軽くお尻を叩いた。
ハッと向き直ったキャロンは、促されるまま視線を道の先に向ける。
男の目は、村外れの森の手前にある、大きいが古く粗末な建物を示していた。
「?…あれって…」
わずかに眉をひそめたキャロンは、次の瞬間カッと顔を赤く染めた。
思い当たった事実に、胸が早鐘のように高鳴るのを感じる。

あそこは、昔から村にいくつかある「秘めごと場」だ。
男女が共に門をくぐり、狭い個別の部屋でまぐわい合うためだけにある場所。
夫のある女性も妻を持つ男性も、束の間の情事を楽しめる背徳の窟。
かくいう自分も、ライケと共に入った事のある場所だった。

一瞬の動揺が過ぎた後、キャロンの心を満たしたのは恐怖と焦りだった。
別に今さら、傍らの男と寝る事に怖れを感じているわけではない。
このままあそこへ行くのは、あまりにも危険が多過ぎると感じたからだった。

もちろん、利用する者同士は干渉せずという不文律は、昔から存在している。
たとえ目が合ったとしても、お互いすぐに忘れるのが流儀だ。

しかし自分は、曲がりなりにもこの国を治めている王女。
それが、いかにもこれから男に抱かれますという態であの門をくぐるのはまずい。
もし誰かに見られでもしたら。
たとえその場では何も言われなかったとしても、噂が立つのは避けられない。
何よりもまずいのは、立つであろう噂が根も葉もないデマではないという事だ。
事実、自分はこれから傍らにいる男と、本当にSEXをするつもりなのだから。
もしもその場を覗かれでもすれば、言い逃れも何もできなくなる。
あまりにも、進退窮まった状況だった。
と、その瞬間。
凝視していた秘めごと場の外側の布壁が、わずかに揺れたのが見えた。
風ではなく、明らかに内側から誰かが触れたのだと分かる動き。
先客がいる。そう確信を得たキャロンの体が、一気にこわばった。
この場は逃げるしかない。この男がその後何をしようと、機を改めるしかない。
逡巡の末にそう決めたキャロンが、大きく足を踏み出そうとした瞬間。
「えっ!?」
不意に、視界の後ろ半分がバッと暗くなった。
何かと思う間もなく、大きな布状のものが頭から被せられる。
いつの間にか脱いでいた、男の上着だった。
背は高くないがかなりの肥満体である男の服は、キャロンには明らかに大きい。
すっぽりとくるまってしまえば、膝から下は出るものの上半身は丸ごと隠せる。
次の瞬間、かなり近づいていた秘めごと場の入り口の帳が捲られ、大柄な男と
白い肌の女性のカップルがそっと出てきた。
反射的に、キャロンは被せられた上着の端を掴み、前で合わせてうつむいた。
カップルはキャロンと傍らの男にほんの一瞬だけ視線を向けたものの、特に何か
気づいた風もなく目を逸らす。
その直後、キャロンは逃げるような小走りになり、そそくさと入り口の帳を
捲って中に入って行った。
置いてきぼりの格好になった男は、慌てる風もなくその後をゆっくりと追う。
その体が建物の中に消えるのを待たず、カップルは早足で去って行った。
ずいぶんと年の差がある組み合わせだったね。
誰なのか気づかず、そんな事を言い合いながら。

客は、その一組だけではなかった。
最低限の火だけが灯された狭い通路の両側は、煤けた布でいくつにも区切られた
個別のスペースになっている。
かすかに映る人影と洩れ聞こえる熱い喘ぎ声で、空き室かどうかはすぐ分かる。
前身ごろをしっかりと掴んだまま、キャロンは早足で奥へと進んだ。
予想通り、いちばん奥のスペースは左右とも空いていた。
迷う間もなく、後ろも確かめず、とにかくキャロンは右側の仕切り布を上げて
中へとその身を滑り込ませる。長い数秒ののち、男ものっそりと入ってきた。

仕切り布が閉じたのを目にしたキャロンは、そこでほおっと大きく息をついた。
手を離すと同時に下に落ちた男の上着の上に、ぺたんと座り込む。

ここまで来てしまえば、ひとまず最大の危機は回避できたと言ってよかった。
お互いを覗かないのは鉄則であり、もし覗かれてもここまで室内が暗ければ、
自分が誰なのかを知られる心配はまずない。
入ってしまえば、これ以上人目を忍ぶSEXに適した場所はないだろう。
出る時は無人になるのを待てばいいし、今と同じ方法で顔を隠して出てもいい。
奇妙な安堵に包まれたキャロンは、なかば放心状態になっていた。
目の前に屈み込んでゆっくりと服を脱がす男の手を、何の感情も宿さない目で
ぼんやりと追う。一糸まとわぬ姿にされるのに、いくらもかからなかった。
手早く自分もすべて脱いだ男は、あらためてキャロンと向き合って座り直した。
すでにかすかに紅潮しているキャロンの顔に手を添えると、あごを軽くつまんで
上を向かせ、そのまま口づけする。
ぴちゃりという音を立てて、舌が口の中に割って入ってくるのが分かった。
密着した顔に、男の髭が触れてかすかなくすぐったさを生じる。

すでに体の中に小さな火がついているのを、キャロンは自覚していた。
ぼんやりとかすみ始めた頭で、ふとここに至るまでの事を思い返す。

この男は、上着を使ってこのあたしの体を隠した。
ライケも、ここへ来るときに同じような事をしてくれたのを憶えている。
しかし。
魔力洗脳の解けていないはぐれ村人に、そんな気回しができるのだろうか?
この男は、本当に正気に戻っていないのだろうか?

そして。

あのカップルに見られた時、あたしはとっさに「中へ」逃げ込んだ。
そう仕向けられたと言えば、少なくとも間違いではない。
見つかる危険を考えれば、ここへ入ったのもそうだと言えなくはない。
だけど。
ここへ何とか入れた時、あたしは何にあんなにホッとしたんだろうか。

見つからなかった事に?
それとも
逃げずにすんだ事、機会を逃さずにすんだ事に?
それとも
これで、安心してゆっくりSEXができると思った事に?
それとも…

豊かな肢体を貪る男の臭いと体温が、そんなかすかな疑念を塗り潰していく。
周囲から洩れる営みの声に応えるように、いつしかキャロンは嬌声を上げていた。

誰の邪魔も入らない、密やかな背徳の空間での熱いひととき。
欲望という魔物に支配された狭い世界に自ら足を踏み入れ、本能に身を委ねる。


自己犠牲と呼ぶには、それはあまりにも甘く、そして危険な悦楽だった。

イラスト『村人の輪姦34』より

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