超次元伝説ラル ラモー・ルーの淫宴



第6話 牢獄での邂逅





 ラモー・ルーによって攫われたのはユリアや仕える侍女達ばかりではない。国中から攫われてきた若い娘が数多くこの宮殿の地下に囚われている。

 質素な村に住む少女や富豪の娘とそれぞれ身分がまったく違っても、囚われた牢獄の中では皮肉にも身分の格差がない。ここに集められた娘達は
 身ぐるみを剥がさた状態で後ろ手に鎖で繋がれ、首には手枷と同質の首輪を嵌められている。

 大きな鎖が手枷と首輪を繋ぎ、更には牢獄にいる全員と繋がっているために逃げ出すことはできない。下手に動けば鎖が絡んで余計に身動きが
 取れなくなってしまう。

 そもそも枷を解く鍵穴がないのだ。ラモー・ルーの魔術によって生成された戒めを無力な彼女達がいったいどうやって外すというのか。

 誰もがそのことを理解していた。ここに囚われてからは逃げ出すという気概が湧く者はいない。

 肉親や友人、あるいは恋人が生きているのならば希望をもつこともできよう。王族が健在ならば諦めることもなかったことだろう。

 王族で唯一生き残った王女ユリアまでもが囚われの身になったと知ってしまえば、もはやここから生きて出られるなど誰も思っていない。

 別の牢獄に隔離された侍女達の悲鳴や聞き慣れない声の叫び声からして、王女を奪還すべくラモー・ルーに挑んだ勇者達はことごとく
 倒されたのだと想像がつく。

 同様に彼女達を救出しようとした者達も目の前で見せしめのように惨殺され、誰1人として未だ無事に生還した者はいない。

 ラモー・ルーは相手が女であっても容赦しなかった。ここの通路の至るところに血が染みこんでいるのも頷けよう。

 但し潜入者が若く美しい娘ならば話は違う。

 取り抑えられると裸に剥かれ、体力が続くまで膣蜜を吸われた。そして意識を失った状態で牢獄に放り込まれたのである。

 そのような状況を何度となく見せつけられてしまえばどうして故郷に戻りたいという願望を抱けというのか。

 たとえ大切な人が生きていても辱められたあとではもう合わせる顔がない。ここにいる誰もが身分に関係なく同じ気持ちだ。

 そんな彼女達にとってラモー・ルーによる凌辱は辛く苦しい時間であるのと同時に嫌な記憶を忘れられる時間でもあった。

 どこからともなく闇が波打ちながら床一面に広がってラモー・ルーが現れ、うねる闇から生えだしてくる無数の触手に全身を嬲られることに嫌悪しても、
 やがてその恥辱が快楽へと塗り替えられてしまう。

 触手を股座に深く挿入されて愛蜜を吸われてしまえば誰もが悶え喘ぎ、いくら拒んでもその快楽に逆らえなくなってしまうのだ。

 周囲の目が気にならなくなってしまえば肉親や恋人と死別した悲しみすら意識から切り離されてしまう。幸福だった平和な日々の記憶までも
 忘れてしまう魔性の快楽は彼女達に淫らな感情を植えつける。

 一時的とはいえ悦に溺れた自分に恥じて悔恨の涙を流す者は決して少なくない。いくら自分に対しての言い訳を取り繕っても犯されて悦んだ現実は
 消えることがないからだ。

 いつもならその時がもうすぐ訪れる。虚空から地を這うような声が聞こえ、牢獄の番人を務める黒い兵士が姿を消した後、床一面に闇が
 波打ちながら広がって悪魔のような人型の影が浮かべば始まりだ。

 闇の至る所から生え伸びてくる触手が全身に絡みついてくる。閉じた股を強引に広げられて膣奥にまで潜り込まれることから逃れる術はない。

 蜜園を掻きまわされながら愛蜜を吸われ、尻穴や口腔までも犯される恥辱は娘達の体力が尽きるまで続けられる。

 しかし恐々としながら待てどもいつものように闇が広がる気配がない。牢獄の番人を務める黒い兵士もいつもならどこかへ行ってしまう筈が談笑に興じて
 離れようとしなかった。

 たとえおぞましい行為であってもそれがないと余計に不安になる。まして黒騎兵達が話題にしているのが王女についてだ。

 黒騎兵達の話ではまもなくラモー・ルーが何らかの儀式を執り行うらしい。その儀式で王女を生け贄に処すと興味なさげに言っていた。

 しかも王女を救出に現れた女剣士がラモー・ルーに敗れたと聞かされたばかり。女剣士は若い娘らしく、黒騎兵達の話によれば今頃は
 魔力の糧にされているのだろう。

 いずれここに並ぶ牢獄へ放り込まれる。あるいは侍女達の牢獄に閉じこめられるかのどちらかだ。

 ラル王家と関係があるかどうかの違いだけで決められた牢獄に大差はない。毎日決まった時刻に2回、例外なく誰もが犯され、膣蜜を吸われる
 羽目になる。

 闇色の触手達は1人として見逃してくれない。それぞれが独自に意思を持っているかのように蠢いて一斉に襲い掛かってくる。

 膣穴だけで許されず、穴という穴を犯されてもここの娘達はまだ運がある方なのかもしれない。

 運が悪ければ別の階層にある牢獄に閉じこめられてしまうだろう。そこではより苛酷な辱めを受けると聞く。

 以前に同じ牢獄に閉じこめられていた数人の娘がその牢獄に移された。門番の黒騎兵が興じた話通りなら蜜人形に仕立てられるという意味にも
 察しがつく。

 もしも捕まった女剣士がそこへ幽閉されることになれば、もしも自分達がそこへ移されることにでもなればと想像するだけで動揺するのも無理はない。

 今よりも苛酷な辱めを受けるなど果たして耐えられるのか。

 否――たとえ身体は耐えられても精神は耐えきれまい。蜜人形とはおそらく愛蜜を滴らすだけの心を失った者を指すのだろう。

 娘達は耳を塞ぎたくても塞ぐことができず、鉄格子の向こうから聞こえる会話に怯えて寄り集まる。互いが支え合うように人肌に触れていなければ
 耐えられそうにないと誰もが思った。

 しばらくして別の黒騎兵が現れて門番を務めていた者達が通路の奥へと消えていった。いつも見慣れた牢番の交代であっても様子がどことなくおかしい。

 代わりの牢番を務める3人の黒騎兵は一言も喋らずに自分達をじっと見ている。それこそ嬲るように卑下た視線を黒い仮面越しに感じられるぐらいだ。

 寄り集まった娘達に悪寒と緊張が駆け抜けたその時、1人の黒騎兵が声をひそめて不気味に笑いだす。すると他の2人からも卑しいまでの声が漏れた。



「儀式の間が完全に隔離されたのは間違いないな?」



「ああ、ラモー・ルー様はあそこに入られたまま出てこないらしい。どうやらユリアを生け贄にして何かを召喚されるようだ」



「って事は、しばらくは出られることはないということか」



「そういうことだな。俺達にとってこんなに好都合なことはない」



「まったくだ。ここで何が起きてもラモー・ルー様は気がつかれないのだからな」



 3人の黒騎兵が示し合わせるように笑いだす。

 主が何をしようが彼等にとって興味はないらしく、無表情の黒い仮面が牢獄の娘達に向けられる。

 鉄格子の向こうの若々しい裸体を吟味するかのように、仮面の奥の双眸は娘達の全身を嬲った。



「儀式の間、ここで何が起きてもラモー・ルー様の魔力は何も感知しない」



「俺達はたった今ここに来たばかりで交代まで時間はたっぷりある」



「つまり選り取り見取りってことさ」



「ギヒヒ、どいつにしようかな」



 黒騎兵達の会話を聞くだけでこの後に何が起きるのかは察しがつく。今頃は恐ろしい儀式が始まっているのではないかと連想してならなかった。

 いつしか何処からともなくすすり泣く声が漏れた。王女を心配していても自分の身にこれから起こりうることを想像して涙を誘う。

 後ろ手に拘束され、鎖で他の娘達とも繋がった状態では何一つ抵抗などできない。もはや彼女達は状況に流されるしか術がなかったのだ。

 互いの身体を寄せ合い、平和で幸せだった頃の思い出に浸ることだけが唯一の慰めであった。











 石柱に隠れて牢獄の様子を窺う若者には嗚咽する娘達の姿がどう映ったことだろう。

 年頃の美しい娘達ばかりが衣服を剥ぎ取られ、後ろ手にされた姿をどう見ていたのだろうか。

 紺色の外套の中で拳を握りしめ、黒い番兵を鋭い目つきで睨んでいる態度からして語るまでもない。

 番人の黒騎兵ならば卑下た目つきで淫らな感情を剥きだしにしているだろうがこの者は違う。

 素顔を隠す面紗(めんしゃ)で表情までは分からずとも、覗き見える双眸からはこの非道に対する憤りが感じられる。

 然るにラルの国第一衛士という身分ならば決して見過ごせない場面に遭遇してしまったライケは己の気配を殺すことに努めて動こうとしない。

 娘達には同情こそすれ、助けだそうという考えは持ち合わせていなかった。自身に課した使命を果たすことを優先し、誰にも姿を見られずに
 通路の奥へ辿り着くことだけを模索していた。



――すまぬ。助けてやりたいが私には時間がないのだ。許してくれ



 若者は心の中で牢獄の娘達に詫びた。

 助けてやりたくても見捨てなければならない歯がゆさに身を震わせ、怒りの矛先を自分にも向けた。



――君たちを見捨てる罪はいずれこの一命をもって償おう



 元よりここから生きて出ることなどライケは考えていない。たとえ生きてこの宮殿から出られたとしても、如何なる罰であろうが甘んじて受ける
 覚悟があった。

 だが今は償いを考えている場合ではない。ライケはリバースの剣に秘められた秘密を金髪の少女に伝えていないどころか、上に通じる階段すら
 まだ見つけていないのだ。

 最下層へ続く通路を発見して脱出経路を確保したとはいえ、目的を果たせなければラモー・ルーの支配は永遠に続くことになるからこそライケは
 急がなければならなかった。

 金髪の少女と会えない焦りや嗚咽する娘達の姿に同情を感じても、頭を振って迷いを振り払う第一衛士はこれまでの出来事を冷静に思い返す。



――この宮殿は妖かしのカラクリで宙に浮いているように見せかけている。となれば上にいく方法にも何らかの仕掛けがあるのかもしれない



 ライケがこの宮殿に忍び込んだ手段は飛竜の協力があってのことだ。誰かに飼われていたらしい飛竜は人懐きがよく、手綱を握れば思った通りに
 飛んでくれた。

 もしかすればラモー・ルーの罠だったかもしれないという勘ぐりがあったもの、黒騎兵の待ち伏せがなかったことからしてその考えはすでに捨てている。

 自分が最下層のカラクリを発見したのは偶然に過ぎず、闇雲に動きまわっての結果でしかない。未だ中層部から最上階へ上がる方法を
 見つけていないのだ。

 ラモー・ルーの宮殿は巨大な迷路の如くライケを嘲笑うかのように翻弄した。何度となく上に行く階段を見つけても進めば下へと降ろされてしまう。



――こうなれば黒騎兵から直接聞き出すしか手はないか。どのみち発見されるのも時間の問題だろう。

 もう悠長に探す時間もないとなればここで賭にでるのも悪くない。私が見つかるのが先か、あの方を見つけるのが先か……

 いや、もう迷う時間すらないのだ。ならば……!



 決意が固まった途端、短剣を握りしめた手に力がこもる。石柱の裏から黒騎兵たちの様子を探り、仕掛ける機を狙う。

 牢獄の前にいる黒い兵の数は3人。うち2人は背中を見せ、正面を向いている者はまだ自身に気がついていない。

 ライケの体捌きならば仕留めるには十分な距離だった。問題は3人のうち1人だけを生かして口を割らせることだ。

 もしも大声を出されてしまえば他の黒騎兵たちが押しかけてこよう。如何にライケでも短剣を片手にたった1人で大軍を相手するには無謀極まりない。

 だが紺色の外套を纏ったこの若者は時間を無駄に浪費することを一番に恐れた。リバースの剣に選ばれた金髪の少女が未だ健在であると信じて
 己の使命を貫くために。



――元よりこの命は捨てる覚悟。あの方にリバースの剣の秘密をお伝えできれば私の役目は終わる。

 それまで生き存えればいいのだ。ラル王国第一衛士ライケ、これより情なき修羅となって参る!



 1人の黒騎兵が牢獄の鍵を鉄格子に差し込み、他の2人も背を見せたままでいる瞬間をライケは見逃さなかった。

 躍り出る紺色の外套は暗闇から解き放たれ、黒い兵士達を背後から襲った。

 首筋から鮮血が噴きだした黒騎兵が倒れて牢獄の中から悲鳴があがる。ライケは右端の黒騎兵を短剣で首を切り裂いていたのだ。

 他の黒騎兵が剣を抜く間を与えず、ラル王家の第一衛士は身体を反転させて真ん中の兵の延髄に肘を打ち込み、その勢いをもって左の兵に
 回し蹴りを叩き込む。

 肘撃ちを喰らった黒騎兵が正面から鉄格子に激突して金属音を派手に響かせている最中、蹴り飛ばされた黒騎兵が地面に叩きつけられる。

 相手に悟られずに3人をまとめて倒したかに思われたが、鉄格子にもたれた黒い甲冑が蹌踉めきながら立ち上がろうとする。

 もちろんライケは想定しての奇襲だった。立ち上がったばかりの黒騎兵の後頭部を片手で押さえつけ、纏う甲冑の隙間がある脇腹を狙って短剣を
 突き刺す。

 彼にとって唯一誤算だったのは鉄格子に鍵が差し込まれた状態で残されていることだろう。それが目にはいった途端に娘達を見捨てる覚悟が
 揺らぎだし、非情なる決意に迷いが生じて動きを止めてしまった。

 僅かな隙が蹴り飛ばした黒騎兵に立ち上がる時間を与え、剣を鞘から抜かせる。今度は立場が逆になって長剣が彼の背後を襲う。振り上げられた剣が
 無防備な頭上から振り下ろされる。

 もしも牢獄の中にいる娘の1人が「危ない!」と剣が振り上げられる直前に叫んでいなければライケは斬り殺されていたかもしれない。凶刃は
 舞い広がった紺色の外套の裾だけを斬り、彼の身体には届いていなかった。

 寸でのところで反転して避けたのと同時に長剣が鉄格子を叩く音を派手に鳴らす。紙一重の差が生死を分けていたのだ。

 黒騎兵が再び剣を振り上げようとしたが面紗(めんしゃ)で素顔を隠した青年はその猶予を与えない。甲冑に覆われていない膝関節を蹴って体勢を崩し、
 黒騎兵の懐に飛び込むと顎を狙い澄ました掌撃を打ち込む。

 硬い兜を拳で殴っては自身が負傷してしまうからこその咄嗟の判断だった。顎を跳ね上げられた衝撃と共に脳を揺らされた相手は動きが止まって
 無防備となる。

 一瞬とはいえ、その僅かな隙だけでライケには十分だった。卓越した体捌きをもって黒騎兵をうつ伏せに這い蹲らせ、背後から取り抑えながら首筋に
 短剣を突きつける。



「殺されたくなければ言え。最上階へ行くにはどうすればいい。答えろ!」



「き、貴様、こんなことをして生きてここから出られると思うな」



「そうか。言わないのならお前に用はない」



 白状しない黒騎兵の肩関節を極めている腕に力を込めると骨が軋む。短剣の切っ先が首筋に触れて血が滴る。

 痛みで呻く黒騎兵にこれは脅しではないと思い知らしめる為に短い刃を皮膚に食い込ます。あと僅かでも力を込めれば喉の血管を切り裂く
 寸でのところを見極めた脅しだ。

 ライケが放つ非情なまでの殺気は幾多の戦場で身につけたもの。生死を左右する戦いを悉く生き残った者でしか体得できない気迫まで込められている。

 牢番に甘んじる者がこれを受け流せるものではない。肩を締め上げられる痛みだけでなく、死の恐怖を感じるからこそ全身をガタガタと震わせていた。



「わ、分かった。言うから殺さないでくれ」



「ならば早く言え。時間稼ぎをしようものならその首をすぐに掻き切る」



「最上階に通じる階段は魔術で閉ざされている。そこを開くには同等の魔力を流し込んで相殺するしかない」



「なんだと!」



「そうだ、宇宙広しといえどラモー・ルー様と互角の魔力を持つ者はいない。つまり誰も入れないということだ」



「他に手はないのか!?」



 ライケが受けた衝撃はどれほどのものだったのだろうか。迫りくる無数の足音にまったく気がついていない。

 ここまで黒騎兵達に気配すら悟られずにいた青年衛士は周囲を警戒することを怠ってしまっていたのだ。今のライケには自分を怯えた目で見る
 牢獄の娘達すら眼中にない。

 微かに聞こえる足音は次第に大きくなってくる。階段を勢いよく降りてくる足音の数は軽く見積もっても20は超えているだろう。



「あるにはあるが貴様には無理だ」



「それはどういうことだ!? 説明しろ!」



「魔力の相殺ができないのなら魔力の流れを変えればいい。ラモー・ルー様はあれほどの魔力がありながら全盛時に程遠いことを貴様は知っているか?」



「回りくどい言い方をするな。簡潔に言え!」



 時間を稼ぐような言いまわしがライケに焦りを呼び込む。

 金髪の少女を先に向かわせてから随分と時間が経っている。自分と同じようにこの宮殿内で彷徨っているのなら彼女と接触せずとも黒騎兵達の
 話題になっていることだろう。

 しかしここへ忍び込んでからそれらしい話をライケは聞いていない。

 黒騎兵達の会話をすべて聞いていたわけではないのだ。断片的な情報をかき集めても金髪の少女の行方を知らず、まして剣を交えることなく
 囚われの身になっているなど想像すらしていなかった。

 いや、最悪の事態だけは想像を拒んだというべきだろうか。彼の焦りは第一衛士としての直感が現実を嗅ぎ取っているとも言えるのかもしれない。



――あの方の消息がいまだ掴めないとなれば考えられることはただ一つ。

 いや、それはあるまい。そのような事があってたまるものか!



 金髪の少女はラモー・ルーがいる最上階にいる可能性がもっとも高い。それはつまりもはや手遅れの事態に陥っていることを示す。

 そしてラモー・ルーがラル王家の秘密を知ってしまったとなればユリアの身までが危うくなる。

 ゴモロスの神殿で出会った少女との再会を果たした後、余力が残されていたなら助けだそうとしていた王女の生死に関わるとなれば非情に徹しようが
 心を乱しもしよう。

 かつて共に王城から落ち延び、その後も苦楽を共有した。

 長い逃亡生活の間に身分を超えた特別な感情が互いに芽生え、同胞の目を盗んで愛を育んだ。

 そしてラル王家の秘密をユリアから聞かされた後も想う気持ちに揺らぎはない。むしろ想いが深まった程だ。

 以前にユリアは言った。ラモー・ルーに潜伏場所を襲われた際のことだ。



  わたくしの事を想っているのなら助けに来ないで!



  これはわたくしに課せられた運命であり与えられた努め



  だから貴方はもう一つの使命を果たして下さい



 黒衣の魔道士の腕の中で叫ぶ王女は悲しそうに目を潤ませていても、激情にまかせて追いかけてくるライケにそう訴えていた。

 二人を隔てるように襲い掛かる黒騎兵を切り捨てながらユリアの名を呼ぶ青年は足をとめなかった。



  わたくしは貴方に会えて本当によかった



  幸せでした



 倒した黒騎兵の返り血にまみれたライケの目からいったいどれ程の涙が溢れただろうか。

 救出を阻むラモー・ルーの配下をすべて切り捨てたあと、いったいどのくらい空を見上げていたのだろうか。

 魔術で浮かんだ漆黒の侵略者がユリアを抱きかかえて消えた場所をライケはいつまでも見ていた。ユリアの名を口にした数も覚えていない程に。

 青年衛士にとって打倒ラモー・ルーはユリア救出でもあった。

 それが自身の手で果たせなくてもいい。ここで命を落とすことになろうとも彼女が生き続けてくれさえいれば望みは叶う。

 苛酷な運命を一身に背負わされたユリアが一人の少女として幸せに生きてほしいと願ってライケは今この場にいる。

 本来なら衛士として守るべき王女の奪還を最優先とせず、己の私情をすべて捨て去ったのもその為だ。然るにユリアをいち早く助けたい衝動を
 抑えての行動が無意味なものになるかもしれないとなればどうして冷静でいられようか。

 ユリアを見捨てる覚悟が彼女の救出に繋がると信じていたからこそ冷酷を装う心の仮面が剥がれゆく。



――私はもっとも大切な女(ひと)まで失うというのか。何のためにここまで来たというのだ!



 長い沈黙の間に考えまいとしてきた最悪の事態がライケの脳裏に浮かぶ。

 金髪の美少女剣士が敗北する姿と共に、ユリアが闇に飲み込まれる様が思考の中を駆け抜け、やがてラルの星が永遠に闇に包まれた未来がよぎる。

 黒騎兵がようやく口を開くまでの間、彼の意識はしばし現実から離れてしまっていた。



「灯りが消えた回廊の途切れ目だ。左側の壁にそれがある。そこからラモー・ルー様の魔力の流れを変えてやれば上にいく階段が現れる筈だ」



「どうやって魔力の流れを変えろというのだ。その方法を教えろ」



「ラモー・ルー様の魔力を実体化させればいい。そこにいる女共の誰かを連れていけば済む」



「なっ――!?」



 あまりにも突拍子もない方法にライケは言葉に詰まった。

 囚われの娘を連れて行くだけでなぜ魔力で閉ざされた壁から階段が現れるというのか。それでラモー・ルーの魔力が流れを変えてしまうなど
 到底信じられるものではなかった。

 とはいえ黒騎兵の口ぶりからして嘘を言っている様子もない。もしも生死を左右する状況で嘘を吐いているのなら口調のどこかに現れる。

 ならばどうして娘を数人連れていいくだけでラモー・ルーの魔力は流れを変えて実体化するというのだろうか。恐るべき魔道士が魔力を
 疲弊していたことを知らず、その回復方法を知らないライケが困惑するのも無理はない。



「急いで壁を開きたいのなら2人か3人は必要かもしれん。そうだ、侍女共を閉じこめている牢獄に魔術を扱える小娘も一緒に閉じこめられている。
 そいつを連れて行けばいい」



「どういう事か分からんが、つまり女性を同行させれば見えない扉が開くというのだな」



「そうか、貴様は何も知らないのか。それは面白い。だったら早く奥の牢獄から女共を連れ出せ。魔力の扉が現れ、階段が出てくるまでの間に
 面白いものが見られるぜ。クククッ、貴様には刺激が強すぎるかもしれんがな」



 必死になって口を割っていた黒騎兵がライケの反応を窺うなり口調を変えた。粗野で狼藉を働く者が得てして使う口ぶりがライケの感情を逆撫でる。



「お前に聞きたいことは何一つ残っていない。その声は耳障りだ。もう黙っていろ!」



 無抵抗になった者を怒りで打ちのめすことなど今までに一度もなかった青年は感情的になっていた。短剣を手放すなり、首に片腕をまわして絞めていた。

 しかし衛士として誇りを見失っていないからこそ死に至らしめてはいない。肩の関節を外すのと同時に窒息死寸前で腕を離していた。

 但し、牢獄の中に囚われている娘達にはどう見えたのだろう。この若者を見る怯えた目つきからその心情が窺えよう。



「怖がらせてすまない。私はラル王国第一衛士ライケ。君たちに危害を加えたりしない」



 身分を明かして面紗を取った若者の態度は娘達の心情を見抜いての行動だった。素顔を晒した青年の顔にもう殺気は感じられない。

 むしろ穏やかで優しい顔つきに牢獄の娘達は面食らった。黒騎兵を相手にしていたとはいえ、目の前で残忍な方法で殺した人物とは到底思えない
 顔だちに信じられないといった面持ちだ。

 悲鳴をあげる者はもういない。怯えと緊張から解き放たれた娘達から安堵の溜息が漏れだす。

 その後の彼女達の反応は様々だ。心から嬉しそうにする者、安心しきって涙を流す者、あるいは自分の格好を見られて恥ずかしそうに身体を
 モジモジさせながら顔を真っ赤にしている者がいた。

 彼女達の様子からして、ライケが目の前に現れた理由が自分達を助けにきたと思い込んでいるのだろう。そんな姿を見てしまえばライケの非情なる
 決意がまた大きく揺れ動いてしまうのは仕方がないことだった。

 遠くから聞こえる無数の足音に気がつけば感情よりも身体が先に動いてしまったのは彼本来の性格によるものだったのだろう。

 短剣を短い鞘に収め、倒れた黒騎兵から長剣を奪い取るまでは戦士としての行動だった。しかし以後の行動はライケ自身が意図したものではない。

 鉄格子に刺さったままの鍵をまわして牢獄の中に入った青年は自分の行動に我が目を疑う。



――私は何をしているのだ。今は一刻を争う事態なのになぜ非情になりきれない!



 最上階に向かうには侍女達が囚われている牢獄だけを開けばいい。連れ出すのは魔術を扱える娘を含めた2、3人だけで済む。

 頭ではそれを分かっているライケではあったが気持ちと身体は意識に逆らう。金属製の手枷や首輪に鍵穴がなく、外す術がなくても剣で鎖を
 斬ろうとしてしまう。

 必死に助けようとする若い衛士の姿に誰もが言葉を失ってしまった。もうすぐ他の黒騎兵達が押し寄せてくることに怯える様子もなくライケだけを
 見つめている。

 その視線を全身で浴びるライケはただひたすら剣を振り下ろして鎖を断ち切ることしか眼中にない。殺伐した足音がまもなくこの階層に辿りつくことを
 顧みずに何度も剣を振り下ろした。

 だが、娘達を戒める鎖は傷がつくどころか振り下ろされる剣を弾き返す。甲高い金属音を牢獄内に反響させ、黒い衛兵を招き寄せる。

 足音だけでなく殺気立った声までが聞こえ始めた時、囚われの娘の1人が悲鳴混じりの声で叫んだ。



「もういいです、もう十分です! このままでは貴方が!」



 年頃で言えば20歳前後ぐらいだろうか。この牢獄で一番年長らしき娘が切実な眼差しでライケに訴えた。

 今にも縋りつこうという勢いで前屈みに身を乗りだした娘の叫びが振り下ろされる剣を止める。



「もうすぐ他の黒騎兵達が来ます。どうかわたし達に構わずに行ってください」



「しかし!」



「どのみちこの鎖はラモー・ルーの魔力が途切れなければ外せません。それに急がないと王女さまが生け贄にされてしまいます」



「生け贄だと!?」



 今になって互いの目が合い、娘の真剣な眼差しがライケの心を打つと同時に衝撃が走った。

 娘は身を案じてこの場から立ち去れと言っているだけではない。ラル王国の王女の命が危ういことを伝えようとしている。

 ライケの脳裏に浮かんだ人物は二人。但し、ラル王国の王族は一人しか生き残っていない。



「ラモー・ルーは何をしようとしている。君は知っているのか?」



「いえ、ただ黒騎兵達がそのようのことを言っていたのです。でも今はそれよりも」



「分かっている! 私の目的は君たちの救出ではない。だが……!」



 ライケは頭では理解していても感情的には娘達を無視できなかった。

 非情に徹しようとして置き去りにすると決めつけていながらそれができなかった。

 ラルに平和を訪れることを願い、その為の犠牲を厭わない覚悟がありながら出来ないのは彼自身の性根が優しすぎるが故。当の本人がただ
 自覚していないだけなのである。

 焦燥に駆られる青年の態度に対して裸体の美女が微笑んだのは、非情に徹しきれない彼の性分を見抜いたからなのかもしれない。



「ライケ様のお気持ち、本当に嬉しいです。でも何を先にするべきかはライケ様もお分かりなのでしょう。でしたら急いで。王女さまを助けてあげてください」



 自分の身よりも王女の身を案じる娘の眼差しがライケの心を打つ。

 長く囚われていたであろう彼女達にこれまで何があったのかは想像がつく。衣服を剥ぎ取られ、隷属の証と思われる首輪を付けられた娘達の日々は
 どんなに苛酷であったことだろうか。

 然るに助けを請うことなく先へ進めと促してくる。他の娘達は何も言わずとも無言で王女の救出を望んでいるかのようだ。

 ライケは酷く心を打ちのめされた気がしたが今の心境に浸っている間はない。階段を駆け下りてくる集団の足音は次第に大きくなってくる。

 しかし剣を振り上げる両腕を降ろし、片膝を地に着けて娘と向き合ずにいられなかった。娘の気丈なまでの態度が彼にそうさせた。



「どうか王女さまを助けてあげて下さい。それとライケ様もご無事で」



「すまない。第一衛士ライケの名にかけて王女は必ず助けよう。ラモー・ルー打倒が果たせたら必ず戻る。君たちを必ず助けてみせる。これは約束だ」



「はい、お待ちしております」



 姿勢を正してニッコリと微笑む娘にライケも笑顔で応える。

 ふと、その時になって思った。



――さっき声をかけてくれたのは……



 あの時、危ないと叫んでくれなければ今こうして会話などできなかったのかもしれない。ならばこの娘の為にも己に課した使命は果たさなければならないと。



「フッ、君にはまだ礼を言ってなかったな。それに名前もまだ聞いていない」



「あら、お礼を言われることなんてまだしていませんよ。では、もしも言ってくださるのでしたら王女さまを助けたあとにして下さい。名前を聞いてくださるのも
 その時でよろしいでしょうか」



「そうだな、礼を言わせてもらうのはその時にしよう。君たちを解放し、名前もその時にあらためて尋ねさせてもらうよ。では、行ってくる」



「ご武運を。そしてライケ様に神さまのご加護を」



 恥辱的な姿でいるにも拘わらず、気丈に振る舞う娘の視線を浴びて第一衛士が戦士の顔つきになる。

 だか、そこに焦りはもうない。自らに課した使命に加えて新たな誓いを心に刻んだ青年は面紗で素顔を隠すことなく立ち上がる。

 笑顔で送り出してくれる他の娘達の視線までも背中に受けて駆けだしたライケは通路の奥を目指す。

 倒した黒騎兵の話では最上階に通じる階段を出現させるには若い女が必要らしい。そして口ぶりからして魔術を扱える女であればより容易く
 ラモー・ルーの魔力を抑えられるようだ。

 果たしてそのようなことが出来るのか。魔力の流れを変えるなど剣士であるライケには想像がつかない。

 だが今はそれを信じるしかなかった。

 ラルの星に平和を取り戻すため、そして自分達の身を顧みずに先を促した娘達の思いに応える為にと青年衛士は決意を新たにする。

 侵略者ラモー・ルーを倒せるのはリバースの剣のみ。その担い手である金髪の少女に力の解放を伝えるべく蒼い外套が通路の奥にある闇に消えていく。

 だが彼は知らない。

 その金髪の少女はラモー・ルーによる凌辱に屈し、彼女が滴らした膣蜜が黒衣の魔道士の魔力を高めてしまったことを。少女が手にしていた伝説の剣は
 木っ端微塵に砕け、四つの月が地上へと傾きだしていることを――!

 そして最愛の人もまた牢獄の娘達と同様に何度となく犯され、今もまたラモー・ルーに辱められようとしていることも知らない。

 宮殿の最上階における魔力回復という名目の凌辱行為がすべて終えるとき、ユリアは闇の女王への生け贄に処せられることになる。

 救世の伝説はあと数刻もすれば終焉を迎え、ラルの星は永久の闇に覆われることになるだろう。